朔旦冬至2014年とは?

冬至とは一年を24等分した季節の呼び名「二十四節気」の一つです

冬の極まりを告げる日として、ゆず湯に入ったりかぼちゃを食べたりと
数ある節季のなかでもなじみ深いものでしょう。

けれど、毎年巡りくる冬至にも特別な一日があることは
あまり知られていないのではないでしょうか。

2014年は、19年に1度の特別な日「朔旦冬至」です。
朔旦冬至についてご紹介します。

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二十四節気とは

まず、冬至が含まれる「二十四節気」とは何なのか
その起こりは、古代中国といわれています。

当時の中国で作られた暦は、月の満ち欠けに基づいた「太陰暦」を採用していました。
けれど、太陽の位置を考慮されていないこの暦では
季節と月のズレが度々生じていました。

そのズレを修正するために考案されたのが、太陽の運行をもとに季節の目安を計る
「二十四節気」だったのです。

立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨
立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑
立秋・処暑・白露・秋分・寒露・霜降
立冬・小雪・大雪・冬至・小寒・大寒


と半月ごとに節気が巡る二十四節気は季節の変化に対応しやすく
また大きくずれることもなかったため農家を中心に歓迎され
日本にも導入されました。

現代では、暦も太陰暦から太陽暦に変わり
昔ほど季節の変化に敏感になる必要もなくなりました。

けれど、時候の挨拶や暑中見舞いのような季節ごとの手紙などで
未だに二十四節気は使われています。

カレンダーや手帳の隅に二十四節気が記されているものも多くあります。
二千年以上前の発明が、未だに私たちの生活に深く根付いているのです。


24sekki
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旧暦の冬至

冬至は、先にあげたように二十四節気の22番目にあたるもので
一年で一番日が短く夜が長い日です。

旧暦では11月の中頃にあたり、春分・夏至・秋分とともに
四季の中央に配される中気と呼ばれました。

新暦では、太陽の黄経が270度に達した日(12月21日または22日)から
小寒(1月5日または6日)までの15日間続くとされていましたが
現在はその始めの一日のみを冬至と定めています。

けれど、旧暦を用いていた時代、冬至にはもっと特別な意味がありました。

月の満ち欠けや影の長さで時間の経過を計っていた当時
一年で最も影が長くなる冬至は暦を作るうえで基準の日となっていました。

この日を一年の始まりとし
そこから二十四節気を振り分けて太陰暦を作っていたのです。

また、この日の翌日から次第に日が長くなるので
冬至は太陽が復活するおめでたい日ともされていました。


sakutantouji



特別な冬至、朔旦冬至

さて、ここで本題の「朔旦冬至」についてです。
朔旦冬至とは、陰暦11月1日(朔日)が冬至にあたる日のことです。

太陰暦において、朔日の月は新月
つまり、月が新しく生まれ変わる日になります。
そして、「旦」は朝もしくは夜明けの意味があります。

これに上であげた旧暦における冬至の意味「太陽が復活するおめでたい日」
を当てはめると、朔旦冬至は太陽と月が同時に生まれ変わる
ものすごくおめでたい日
ということになります。
しかも、これは19年に1度しか巡ってこないのでプレミア感も大きかったでしょう。

古代中国の朝廷では、朔旦冬至を祝って宴が開かれ
公卿からお祝いの手紙が奉じられました。

他にもこの日に限って恩赦が行われたり、田んぼにかけられる税金が免除されたり
叙位が行われたりと、官民ともにありがたいことが多くあったようです。

日本には中世の頃伝わりましたが、やはり宮中では「朔旦の旬」という宴が開かれ
この日を盛大に祝いました。

この宴は江戸時代まで宮中行事の一つとして大切に続けられていました。

また、今年は伊勢神宮が20年に1度の式年遷宮を行いましたが
この周期の基となったのが朔旦冬至であるとする説もあります。

ちなみに、2014年の朔旦冬至は12月22日です。

クリスマス間近な日ではありますが、たまにはかぼちゃやゆずを用意して
日本人らしいお祝いをするのもよいかもしれません。

朔旦冬至に興味のある方はこちらの動画も面白いかもしれません。
1147+561 朔旦冬至(Sakutantouzi)
謎の19x7(これが卑弥呼の銅鏡)Mystery of Disc Mirror


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